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理数の特集 物理・量子・時間 · ASL-011 · 第1版

1mm高いだけで、時間の進み方は変わる?

一つの原子雲で確かめた相対論から、時間で地球を測る研究へ

2026年10月20日確認 · AI補助:Codex · 掲載版

架空の成人研究者と時計・原子雲を描いた昭和科学雑誌風の創作画。実際の実験装置の再現ではない。
説明のためにAIで生成した創作イラストです。人物・場面は架空で、実験写真・実測データ・実際の装置配置や研究対象の正確な可視化ではありません。

机の上に時計を置き、薄い板一枚ぶん持ち上げる。それだけで、時間の進み方が変わるのでしょうか。地球の表面近くでは、ほかの条件をそろえて比べると、高い場所の時計のほうがわずかに速く進みます。差があまりに小さいため、腕時計の表示を見ても分かりません。ところが原子を使った実験では、ミリメートルの範囲にある上下の違いまで調べられるようになりました。

出発点は、2022年に発表された光格子時計の研究です。最新ニュースとして紹介するのではなく、現代の精密測定が何を測っているのかを理解する題材にします。「時間が速い」とは誰と誰の比較なのか、なぜ高さが式に入るのか、実験が示したことと今後の課題を、順に確かめましょう。

01

短い答え:差はある。ただし比較の条件がある

地表付近で静止した二つの理想的な時計を考えます。時計の仕組みが同じで、高さ以外の影響を補正できれば、上の時計は下の時計より多くの時間を刻みます。一般相対論が予測する重力による時間の差です。「重力が時計の針を引っ張る」という機械的な故障ではありません。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

上の時計がわずかに速く進む概念図。差は誇張し、実測表示ではない。
上下の時計を比べる概念図です。1mmの高さと針の差を大きく誇張しています。実測の時計表示ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

1mmの高さ差について、この記事の近似計算では、速さの割合の差は約1.1×10⁻¹⁹です。1日の間に積み重なる差へ直すと、約9.4フェムト秒。フェムト秒は10⁻¹⁵秒、つまり1000兆分の1秒です。1年を365.25日と定めれば、約3.4ピコ秒になります。これらは計算値であり、実験で1日や1年の時計表示をそのまま読み取った値ではありません。

02

「一秒」を数えることと、二つの時計を比べること

振り子なら往復、電子回路なら振動というように、時計は繰り返す変化を数えます。原子時計は、原子の二つのエネルギー状態の間の変化に対応する、決まった周波数を基準にします。周波数とは、一定時間あたりに何回振動するかという量です。1Hz(ヘルツ)は1秒あたり1回を表します。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

時計がその場所で自分自身に沿って刻む時間を、固有時(こゆうじ)と呼びます。同じ種類の原子なら、同じ局所条件で調べる遷移の基準は同じです。それでも、別の場所の時計と信号を交換すると、互いに数えた振動数や経過時間の関係が変わります。離れた場所へ共通の時間の物差しを置くことと、その場の一秒を定めることは、分けて考える必要があります。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

各場所の時計は正常。信号経路を含めて二地点を比較する模式図。
各場所では正常に動く時計を、同じ比較手順へつなぐ模式図。信号の遅れと周波数の変化を補正して比較します。 図を選ぶと原寸で開けます。

03

高さそのものより、重力ポテンシャルの差

重力ポテンシャルは、その場所の重力による位置エネルギーを、物体の質量で割った量です。同じボールを少し高く持ち上げると位置エネルギーが増える、という考えを一般化しています。地表の狭い範囲なら、高さhだけ上げたときのポテンシャルの増加は、およそg×hです。gは、そのあたりの重力加速度です。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

地表の近傍でg一定とする概念模型。段状の図は比喩であり空間が階段状ではない。
近くの二地点でgを一定とみなす模型。階段の段数は説明用で、重力や時間が段階的に変わるという意味ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

大切なのはポテンシャルの「差」です。単に「重力の力が弱いから速い」と覚えると、複雑な配置では誤解します。地球の自転、緯度、周囲の質量分布なども、精密な比較では考慮が必要です。この記事のg×hは、同じ場所の近くで小さな高さ差を扱うための近似です。地球全体の二地点を、標高差だけで完全に比べる式ではありません。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

04

数式を読む:なぜ差がこんなに小さいのか

δ=τ上−τ下τ下≈ghc2
同じ比較区間について、上と下の固有時の差を下の固有時で割ります。地表近くの弱い重力場で、静止した近接時計を比べる一次の近似です。
δ
デルタ。速さの割合の差。単位はありません。
τ上・τ下
タウ。上と下の時計がそれぞれ刻む固有時。
h
下の基準から上への高さ。計算ではメートル。
g
重力加速度。模型では9.80665 m/s²。
c
真空中の光速。299792458 m/s。c²はその二乗。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]NIST [MT-S05]

「≈」は、完全な等号ではなく近似を表します。h=1mmは0.001mですから、分子は9.80665×0.001=0.00980665。一方、分母のc²は約9×10¹⁶です。大きな数で割るため、答えは約0.00000000000000000011、すなわち1.1×10⁻¹⁹になります。10⁻¹⁹という表記は、小数点を19桁ぶん動かす目印です。

g=9.80665 m/s²を採用した一次近似の計算表。実測点はない。
高さを10倍にすると、この近似で割合の差も10倍になります。表示値は理論模型の計算で、論文の測定点ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

単位も確かめられます。gの単位m/s²にhのmを掛けるとm²/s²。c²の単位もm²/s²なので、割ると消えます。残るのは二つの時計の進み方の「比」です。単位が消えることは、この式を使うときの簡単な点検になります。

05

高さと日数を変えて、差の積み重なりを見る

Δτ≈T×δ
割合の差δが一定とみなせるとき、下の時計で測った比較時間Tを掛けると、上に積み重なる時間差Δτを見積もれます。
Δτ
デルタ・タウ。上の時計が余分に刻む時間。
T
下の時計を基準にした経過時間。秒。
δ
直前の式で求めた割合の差。

地表付近の時間差を計算する

理論の近似模型です。測定値や時計の精度ではありません。

0~100000mm(100m)、0~3652.5日。g=9.80665m/s²、c=299792458m/s。運動による差、場所ごとのgの違い、自転・潮汐などを省いた模型です。

高さを1mmから10mmへ変えると差は10倍、日数を1日から10日へ変えても10倍です。ただし、この模型は時計の測定精度を計算していません。表示された小さな差を、本当にその時間で検出できるかどうかは、原子数、雑音、信号の比較方法などに依存します。高さと時間の範囲を地表付近に限定し、一定のgで考えています。

06

実験では、一つの原子雲の上下を比べた

2022年のJILAの研究では、約10万個のストロンチウム87原子を冷却し、光格子と呼ぶ光による閉じ込めの中に置きました。試料はミリメートル規模です。その内部を画像で空間的に分け、位置によって原子の共鳴周波数がどう変わるかを調べています。ここでの「時計」は、二つの完成品を1mm離して置いたものではありません。

根拠:Nature / NIST収録の原論文 [MT-S01]NIST / JILA [MT-S02]

一つのストロンチウム原子試料の上部と下部を空間分解して比較する概念図。装置の正確な再現ではない。
一つの雲を空間分解して読むという構成を示す自作概念図。原子数、格子間隔、色、装置の形は縮尺を持ちません。 図を選ぶと原寸で開けます。

原子は特定の周波数の光に反応して、別のエネルギー状態へ移りやすくなります。研究者はレーザーの周波数と原子の応答を比べ、上下での共鳴位置のずれを読み取りました。論文では、原子同士の相互作用や磁場の効果などを補正した上で、高さに伴う周波数の傾きが、重力赤方偏移の予測と整合すると報告しています。

根拠:Nature / NIST収録の原論文 [MT-S01]

同じ形の共鳴曲線を横へずらした説明用模型。実測データではなく差を誇張した図。
横軸は比較に使うレーザー周波数、縦軸は原子の応答。二本の曲線は仕組みを説明する模型で、ピークの隔たりを誇張しています。実測曲線ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

07

上の時計は速いのに、なぜ「赤くずれる」?

赤方偏移とは、光の周波数が低い側へずれることです。地表近くで下の場所から光を送り、上の場所で、そこにある同じ種類の原子の基準と比べると、届いた光は低い周波数側に見えます。上の時計の刻みが、下の時計より速いという話と矛盾しません。どちらを基準に、何を比べたかが違うからです。

根拠:Max Planck Institute for Gravitational Physics / Einstein Online [MT-S06]著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

E=hPν
光子のエネルギーEと周波数νは比例します。ここだけhPはプランク定数で、高さhとは別の記号として書いています。この式単独で相対論を証明するわけではありません。
E
光子一個のエネルギー。
hP
プランク定数。高さhとの混同を避ける添字。
ν
ニュー。光の周波数。

根拠:NIST [MT-S07]

原子の局所的なエネルギー差が、高いところで勝手に別の原子へ変わるわけではありません。離れた場所の時間や光のエネルギーを一つの基準で記述するときに、ポテンシャルの違いが現れます。発信側と受信側の基準を省いて「光が遅くなった」「原子が疲れた」と説明すると、別の現象を想像してしまいます。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]

08

なぜ、長く測るだけでは足りないのか

測定には、ばらつきと偏りがあります。毎回の値が偶然に散らばる雑音は、条件に応じて繰り返し測定と平均で抑えられます。一方、磁場や原子の密度によって共鳴位置が一方向へずれていれば、何度平均しても同じ偏りが残ります。こうした効果を一つずつ評価して補正することが、精密な時計には必要です。

根拠:Nature / NIST収録の原論文 [MT-S01]NIST [MT-S04]

合成点による模式図。左は中心付近の散らばり、右は中心から一方向へずれた点。
左はばらつき、右は共通の偏りを加えた合成データです。的の中心を真値とする説明用の模型で、装置の実測値ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

「何桁まで測れた」という一文だけでは十分ではありません。短い時間で値がどれだけ揺れるか、補正後にもどれくらい不確かさが残るか、別の装置でも再現するかを読み分けます。とくに一つの原子雲の二領域では、共通する雑音を打ち消せる利点があります。遠く離した独立時計へ、同じ数字をそのまま適用することはできません。

根拠:Nature / NIST収録の原論文 [MT-S01]NIST [MT-S04]

09

時計で地球の「高さ」を測るという逆転

高さが違うと時計の進み方が変わるなら、よく比較できる時計からポテンシャルの差を求めることも考えられます。これが相対論的測地、あるいは時計測地と呼ばれる研究です。重力ポテンシャルの差を時間・周波数の比較から測り、地球の形や重力場の調査へつなげます。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]NIST [MT-S04]

周波数差からポテンシャル差へ換算する考え方。模型の地形であり実際の測量結果ではない。
時計の周波数差から、ポテンシャル差へ進む考え方。高さへの換算には重力場と基準面の情報も必要で、図の山は実在地点ではありません。 図を選ぶと原寸で開けます。

ただし「時計を持てば、どこでも1mmの標高がすぐ分かる」とは言えません。時計自体の補正に加え、光ファイバーなどの比較経路、重力場のモデル、基準面、場所や時刻による変動も必要です。実験室の一つの雲で微小な効果を分解できた成果と、野外の測量として使える性能は、段階を分けて評価します。

根拠:著者による公開稿 / Space Science Reviews [MT-S03]NIST [MT-S04]

10

分かったことと、まだ飛び越えられないこと

この研究は、時間と重力の関係を原子試料の内部まで細かく調べた成果です。一方で、重力と量子論を統一する理論が完成したという結果ではありません。量子の対象を高精度な時計に使い、一般相対論の予測に整合する差を調べたことと、量子重力を直接検出したことは区別します。

根拠:Nature / NIST収録の原論文 [MT-S01]

日常へ戻すと、1mmの差は体感できません。しかし、測る力が上がると、それまで無視していた条件が結果に影響します。時計の高さをそろえることは単なる設置上の都合ではなく、時計同士を正しく比べるための物理の条件になります。次に精密な時計のニュースを読むときは、「二つの何を、どの基準で、どれだけ長く比べたのか」を確かめてみてください。

読み終えた後に残る問い

同じ高さに置いた二つの時計でも、進み方が違って見えたら、何を順に疑うでしょうか。時計の動き、磁場や温度、比較信号の経路まで含めて考えてみてください。

出典と確認範囲

以下の一次資料を参照した独自の説明です。資料の図版や写真は転載していません。数式の模型・研究の実測・理論上の成果を区別しています。

  1. Resolving the gravitational redshift across a millimetre-scale atomic sample

    Nature / NIST収録の原論文 · 2022-02-16 · MT-S01

    査読論文。Nature 602, 420–424、DOI:10.1038/s41586-021-04349-7。本文・Fig.1、3、4と方法を確認。一つの原子試料、約10万個の87Sr、上下の周波数比較を確認。長時間平均した領域間の周波数比較の不確かさと、絶対時計の正確さを混同しない。図版は転載しない。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  2. JILA Atomic Clocks Measure Einstein’s General Relativity at Millimeter Scale

    NIST / JILA · 2022-02-16 · MT-S02

    研究機関による解説。原論文と突合し、見出しの「1mm」の意味を確認。2025年のページ更新日を実験発表日としない。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  3. High Performance Clocks and Gravity Field Determination

    著者による公開稿 / Space Science Reviews · 2017 · MT-S03

    時計の固有時・重力ポテンシャル・速度、時計測地の関係を参照。公開稿と査読掲載版の区別を記録。地表の小さい高さ差で使う近似を独自に数値計算。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  4. NIST Atomic Clocks Now Keep Time Well Enough to Improve Models of Earth

    NIST · 2018-11-28 · MT-S04

    時計測地、安定度・系統不確かさ・再現性の違いを参照。ここで紹介する装置は2022年の原子雲実験と別。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  5. SI Units – Length

    NIST · 公開日未確定 · MT-S05

    真空中の光速c=299792458 m/sがSIで固定された値であることを参照。重力加速度g=9.80665 m/s²は本記事の計算模型の採用値で、実験場所の実測値ではない。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  6. redshift, gravitational

    Max Planck Institute for Gravitational Physics / Einstein Online · 公開日未確定 · MT-S06

    重力赤方偏移の用語説明。光の周波数をどこで比較するかを明記するため参照。 確認:2026-10-20T04:29:09.726Z

  7. Kilogram: Mass and Planck's Constant

    NIST · 公開日未確定 · MT-S07

    光子のエネルギーと周波数の関係E=hνの機関解説を確認。数式では高さhとプランク定数hPを区別。 確認:2026-10-20T04:33:50.275Z

主要主張と出典の対応

MT-C01 近接する静止時計は、弱い地球重力場で高い方が速く進み、割合差は一次近似でgh/c²。MT-S03。地表の近くでg一定。運動・地球自転・遠隔地点比較を含む完全モデルではない。

MT-C02 採用値g=9.80665、h=0.001mで、割合差約1.091×10⁻¹⁹、1日約9.427×10⁻¹⁵秒、365.25日で約3.443×10⁻¹²秒。MT-S03、MT-S05。独自計算。実測ではない。gは実験地点の値を示さない。

MT-C03 2022年論文は約10万個の87Srを含む一つのミリメートル規模の原子試料を空間分解した。MT-S01、MT-S02。独立した二つの完成時計を1mm離して配置した実験ではない。

MT-C04 時計測地はポテンシャル差を測り、高さ換算や遠隔運用には追加の補正と比較経路が必要。MT-S03、MT-S04。今回の原子雲実験から野外の1mm測量精度を保証しない。

MT-C05 下から上へ届く光は上の局所基準と比較すると赤方偏移する。MT-S06、MT-S03。発信・受信の基準を明記。上の時計の速さの符号と混同しない。